だわさ@Paris

2年間のパリでの音楽留学の記録 など!

Belle epoqueのサロンの主人たち♫

前回のブログに書いたラヴェルの本、69ページ目なう😅道のりは長い💦

 

ラヴェルは23歳ぐらいで、音楽院のフォーレのクラスで本領発揮してきたところなんですけど……!

私が大好きすぎるサロン?夜会?の話が入ってきて、初耳だった人物をネットで調べてみたらすごい人で、誰かに言いたくなったのでブログで紹介します\(^o^)/

 

生徒思いのフォーレ先生は、教えるだけでなく、才能ある学生を世に出すために、成功のためには欠かせなかった社交界に紹介していたらしい。

 

そして当時フォーレと親交があった、ベル・エポックのパリで特に芸術的な面で最も力を持っていた三大サロンのマダム達がいました!

そういう人達って

ただの宴会の主とか、ただの大金持ちのパトロンではなくて

😆あの人の着てる物は最先端

😆あの人の選ぶものは間違いない

😆いつも文化芸術を先どってはる

みたいな、その人自身がすごく教養やセンスがあって

周りに一目置かれた存在だったと思うのよね!

 

そんな3大マダムをご紹介します💓

ちなみに今回のメインは3人目です💓笑

 

一人目は

マルグリット・ドゥ・サンマルソーさん

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Pauline_Carolus-Duran_-_Portrait_de_Marguerite_de_Saint-Marceaux.jpg

フォーレとは家族ぐるみで長年の友人だったらしく、他にも出入りしていた音楽家達は

 

ラヴェル、デュカス、ショーソン、プーランク、アーン、グノー、マスネ、シャブリエ。。。。などなど。。。✨

 

📷彼女のサロンで弾くドビュッシー👇

http://a133.idata.over-blog.com/5/70/98/70/Portraits-4/debussy-au-piano-chez-Ernest-Chausson.gif

 

 二人目は、

グレフュール伯爵夫人

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/95/Elizabeth%2C_Comtesse_Greffulhe_1905_%2C_by_Philip_Alexius_de_Laszlo.jpg/411px-Elizabeth%2C_Comtesse_Greffulhe_1905_%2C_by_Philip_Alexius_de_Laszlo.jpg

当時パリで最高の美女と言われた人!!

『失われた時を求めて』のプルーストも

見たことないほどの美人…💕💕💕あれ以上の人は存在しないだろう…💕💕

ってうっとりするほどで、『失われた時を求めて』に出てくる伯爵夫人のモデルにしたという人😍

 

あらゆる芸術家達のインスピレーションになるほどの佇まいとはいかに…。゚(゚^o^゚)゚。

 

ところで、この人のことはめっちゃ知ってて

なぜかというと、パリでこの人のワードローブの展覧会に行ったから\(^o^)/
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 美しくて豪華絢爛な衣装の数々に度肝抜かれた記憶があります😵

まさに当時のファッションリーダー、憧れの的 という感じ!

https://i.pinimg.com/736x/f8/b6/eb/f8b6eb34ca1b3832322cc5099d6acd66--lily-plant-the-impressions.jpg

この方も音楽家の支援に熱心で

音楽家を発掘する協会や基金を作って、上演や宣伝etcあらゆる面で支援をして、ワーグナーのオペラや、ロシアバレエ等 をフランスに広めるのに貢献したらしい💡

 

フォーレの名曲、パヴァーヌはこの方に献呈されております!

 

www.youtube.com

 

そして3人目ーー!!!

初耳だったんだけどすごい人生だった!

 

ウィナレッタ・シンガーさん(1865-)

https://parisianmusicsalon.files.wordpress.com/2014/04/6267079176_42e29dcebd_b.jpg?w=221&h=300

ミシンと言えば!のシンガーミシンの創業者の

少なくとも24人いる子供のうちの20番目のお子様…😂😂😂

→フォーレとは彼女が15歳の頃からの知り合いで信頼しあった大事な友達

→21歳の時に父が死んで遺産をもらうと、それを使って芸術家のスポンサーをすることを決意

→22歳で経済的・社会的に自立するためにある公爵と結婚するも、彼女がレズビアンだったため5年後カトリック教会に結婚を無効にされる

→でも独身女だと何も成せないことを悟る

→29歳の時、59歳のポリニャック公爵と結婚

(ポリニャック公爵はマリーアントワネットのお近付きで有名なあのポリニャック夫人の孫✨✨)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/40/Duchess_de_Polignac.jpg/230px-Duchess_de_Polignac.jpg

ー公爵はゲイ、音楽好き、お金はない、貴族

ー彼女はレズ、音楽好き、お金はある、地位欲しい

ということで恋愛関係はなくとも利害がぴったりフィットした結婚だったのでした!

 

結婚後も数々の女性と関係を持ったそうで、英語版Wikipediaには彼女の愛人の1人だった既婚女性の旦那さんが怒ってヴェネツィアのお屋敷に殴り込んできたなんてエピソードも😅🔥

そんな愛人の1人だったモデルのオルガさん(既婚)がこれまたうっとりな美しさやったのでまた彼女についても調べてみたいところ…💓

  ↓

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fa/Baroness_de_Meyer.jpg/220px-Baroness_de_Meyer.jpg

 (こうして脱線に脱線を重ねていくのです😂)

 

 そんなこんなで29歳の頃にパリでサロンを始め、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、シャブリエなどが頻繁に演奏するように。。

音楽家以外ではプルースト、コクトー、モネ、ディアギレフetc..

もよくサロンを訪れたとか)^o^(

 

ラヴェルの名曲『亡き王女のためのパヴァ―ヌ』

はこの方に献呈されました(^^)

www.youtube.com

 

36歳のとき、夫が死に、それからは財産を芸術・科学・文学の支援に使うことに決め、その時代の若い作曲家に作品を依頼するプロジェクトをしたことによって

ストラヴィンスキー、サティ、ミヨー、プーランク、クルトヴァイル、タイユフェール、ファリャ…の前衛的な作品が生まれたり。

 

他にもパトロンとして支援した演奏家の面々

(((((すごすぎる

    ↓

ナディア・ブーランジェ、クララ・ハスキル、リパッティ、ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、ロシア・バレエ団、パリ・オペラ座

 

驚くのはこれだけじゃなくて、

◎貧困層のために公営住宅を建てるプロジェクトを牽引

◎第一次大戦中、負傷した兵士を手助けするためにマリー・キュリーと協力

◎戦時中に、中産階級労働者をケアするために360のベッドがある病院を作って、その病院&看護学校は今もフランスでトップランク

◎ル・コルビュジエの最初のパリの重要建築となった

救世軍難民院(公共避難所のような役割)の建築を依頼したり

https://cdn.vox-cdn.com/uploads/chorus_image/image/49287325/corbusier-renovation-cite-de-refuge-paris.0.jpg

 

したというから驚き🔥🔥🔥

 

さらにさらにさらに!!!!!

死後もなお、今も『シンガー・ポリニャック財団』として彼女の意志が引き継がれ、

科学、文学、芸術etc への支援が続いていて今でもポリニャック邸でコンサートやリサイタルが開かれているらしいいいいいいいいいいいいいい(ToT)(ToT)(ToT)(ToT)

https://cdn.filestackcontent.com/T1eZwHOR9WwC4ddxErrg

 

感動のお話ではありませんか。゚(゚^o^゚)゚。

偉大なお人。。。

今に残された素晴らしい作品や文化はこんな人たちのお陰でもあるのですわ。。。

 

こんな感じで脱線しまくりながら、別の本をポチッと購入しながら(kindle買いました💓)スローペースでRavelの伝記を読み進めております!

また面白いことがあったら書きます~🎵